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欠史八代から思う

 投稿者:島根もの  投稿日:2007年 9月 9日(日)23時05分48秒
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   やはり欠史八代の視点から述べねばなりません。
大雑把に言うと欠史八代の天皇は出雲の王で、それを
挟むようにいる神武と祟神は同一人物で、欠史八代の
後に王位についた。だから神武(=祟神)は媛蹈鞴五十鈴媛
命という出雲の姫をもらい大和の王権の正当性を維持
しようとした訳だ。
 それでは出雲王の首都はといえば例の安来である。
理由はあまりにも理不尽なほどの遺跡が発掘されており
弥生後期/古墳時代前期にわたって500年間も栄えている
ためだ。その後ヤマトの纒向にうつったのではないか。
 つまり邪馬台国の卑弥呼は安来の伊邪那美神のことで
台与は月読神であり、その後スサノオ、オオクニヌシなど
が王権を強固なものにし、それが欠史八代の話となって
おり、神武は祟神の活躍の別場面を活写して、大本はヤマトに天皇の源流があるとした。それでいて納得できない
、特に出雲系のものたちに神代の話や欠史八代を用意す
ることで記紀のストーリーを作り上げたのではないか。
すなわち、神代も欠史八代も次流(主流ではなく)の権力者
歴史の原形をとどめたものだったのだろうと考えてよい
のではないかと思う。
 

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