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はじめまして
昨日このような掲示板を知り、一気に22頁を読んだので支離滅裂な所があると思いますが、少しお話させてください。
私は教会の一番目に生まれたこともあり、多分3歳位の頃からおつとめをさせられていました。小学生の時には、朝づとめに起きなかったら夕づとめをさぼったら、学校へ行かなくていいと何時間も神殿に正座させれ、少年会、学生会、修養科、講習、すべて否応なしにさせられて育ちました。また、教会で育てられたおかげで、天理教を信仰している大人の方々の姿もしっかり見ることができ、言う事とやる事の違いが余りにも大きすぎて、天理教がだ~っい嫌いでした。早く教会から脱出する事ばかり考えていたものです。中学生の頃から高校生の頃は死にたくてたまりませんでした。どういう風に死ぬのが一番楽なのか調べたこともありましたね。
それで、20歳過ぎた頃、家(教会)を出ました。定職にも就かず短期のアルバイト(国内あちこちで)をして過ごしてました。つい最近まで。おふでさきに いばらくろうもがけみちもつるぎのなかもとおりぬけたら (このあとも3首?続いてありましたよね。確か?最後は ~おうかんのみち だったような・・ ) ほんとにしんどい道のりでした。 そのしんどい道中、幾度となく助けられたのが天理教の教えでした。 天理教が大嫌いだったので、強制的にさせられていた朝・夕のおつとめで頭の中に自然と記憶されていた事だけでしたが。節目節目で聞こえてくるのです。しんどくて、しんどくて「何で私だけこんなに辛い思いをしなきゃいけないの?」と心から訴えていると、教えてもらえるのです。私の魂のどういう所を成長させるためにその出来事が起きているのかを。その時両親に感謝しました。両親の所に生まれさせてもらえたから今がある。今の自分が大好きです。まだまだ未熟ですが。死ぬまで一生勉強だと思っているので未熟で当たり前だと思っています。
結局、私は天理教が嫌いなのではなく、天理教の組織が嫌いだったのだと気付きました。天の理(ことわり)・宇宙の法則を教えてくださっているのですものね。そう気付いた時から私は、対神様で判断する事にしました。神様と1:1で向き合って決め行動しています。もちろん、道が逸れてるときは「ちがうよ」とお知らせくださいます。そのサインを見逃さなければ、楽しい毎日です。(とは言っても、人間ですから時には落ち込み時には愚れます)
本題に入りますね。
天理教の教えは素晴らしい!とは思うのですが ??? 本当におやさまはそうお教えくださったの?と私の知り得る少ない
教えの中にも疑問がいっぱいだった訳です。でも、皆様のお話を聞く事ができ、やっぱりそうかと納得、感激しました。
ありがとうございます。
もう、何年も天理教の活動や行事は参加していませんが、日々、明るく素直でまあるい心で生活するように心がけています。そうすると、どうしてそんなに楽しそううなの?と悩みを抱えている人は聞いてきます。その時、私の知り得るお話をさせてもらいます。
私は、みんなが天理教を信仰しなければいけないとは思いません。現に、天理教を知らなくても天の理に沿った生き方をされてる素敵な方が多勢いらっしゃいます。神人和楽の陽気な世の中になればいいのだと思います。だから、私は、身近な人が笑顔になるお手伝いができればいいと思っています。その笑顔の輪が少しずつ、少しずつ広がって行くことを願って。
「 もりじ」さん すごく明るい毎日を送られていらっしゃる感じを受けました。読ませていただくだけで、何だかとっても嬉しくて笑顔になります。ありがとうございます。
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